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認知症のいろは~認知症はなおる~

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「認知症のいろは」

-認知症はなおる(認知症は変化していく)-

 

東京メモリークリニック蒲田  院長 園田 康博

 

はじめに

 

  • 認知症はなおる(認知症は変化していく)とは

2015年3月に東京メモリークリニック蒲田を開院して、認知症を主体とした在宅往診と外来診療を行っています。現在70名ちょっとの認知症患者さんを往診で診ていますが、大体6割がレビー小体型認知症、3割が前頭側頭葉変性症いわゆるピック病関連のもの、あとの1割がアルツハイマー型認知症です。全認知症の4割がアルツハイマー型認知症といわれていますが、私のところにアルツハイマー型認知症の方はほとんど来ません。今回は「認知症のいろは」という題でお話をしていきますが、今回お話ししたいひとつの大きなテーマが「認知症はなおる」ということです。

「認知症はなおる」と聞くと皆さんは驚くかもしれません。「なおる」というのは少し語弊があるのでもう少し丁寧にお話ししますと、確かに認知症は病理学的には治りませんが、臨床症状的には良くなって、本人や家族にとって非常に大変な介護困難という状況がなくなり普通に生活できるようになる。そして知的レベルもある程度保たれ、本人と家族にとって非常に良い人生の時間を過ごすことができるようになる。こういったことを何度も経験していますので、私は「認知症はなおる」といっても過言ではないのではないかと思っています。

今回お話ししたいもうひとつの重要なテーマが「認知症は変化する」ということで、最初に診断した認知症の病名や病状が実は経過とともに変わっていくということです。このことはあまり知られていないと思いますが、現在に至るまで色々なことが分かってきて認知症の臨床治療も今ダイナミックに変わってきているのです。

現在日本には400万人ぐらい認知症の方がいるといわれており、認知症の前段階いわゆるMCIといわれる方も含めると相当な数の方がいるので、認知症の治療について医者やコメディカルはもちろん、一般の人たちもしっかり理解していかないと、これからの超高齢社会に対応できないと思います。

 

  • 認知症とその予備軍 65歳以上で4人に1人

今65歳以上で4人に1人が認知症とその予備群だといわれています。認知症の方は65歳以上の方で15%、462万人いて、すでに現在相当な数の認知症の方がおられますが、これから先もどんどん増えてきます。当然高齢者の方が増えれば認知症の方も増えてくるのですが、これは止められない事実です。これからも認知症の方が増え続けていくということに追いついた認知症の治療、ケアがなされていけるのかというのが、これから先の大きな課題だと思います。

 

  • 認知症とは ICD-10とDSM-Ⅳによる定義

「認知症って何?」と聞かれて皆さんすぐに答えられるでしょうか。よく研修医に「認知症の定義を述べよ」と訊くのですが、ほぼ10人中10人が答えられません。

認知症の定義としてICD-10やDSM-Ⅳ、今はDSM-Ⅴのもの出ていますが、分かりやすいのはDSM-Ⅳのものです。

DSM-Ⅳの定義では、まず複数の認知障害があることとされ、その一つとして記憶障害、長期・短期にものを覚えることが障害されるとされています。またもう一つの障害として失語、失行、失認、実行機能いわゆる計画して判断して抽象的な思考を持つことが障害されるとされています。すべての機能が失われるのではありませんが一つひとつが欠けていって、それらが広がっていくということです。そしてこれらの障害が中核の症状となり、そのために社会活動や職業活動に支障をきたすようになった場合、初めて認知症と診断できるというのがこの診断基準です。

ただし疾患によっては必ずしも記銘力障害があるとは限りません。またある疾患では、特にアルツハイマー型認知症では記銘力障害が最初に出てくることが少なくありません。DSM-Ⅳによる認知症の診断基準は以上のようになっています。

さらにDSM-Ⅳではこの診断基準に2項目加えたものをアルツハイマー型認知症の診断基準としていますが、その2項目で何をいっているかというと、他の病気を完全に除外して残ったものがアルツハイマー型認知症であるということです。

したがって私にとってはアルツハイマー型認知症の診断が一番難しい診断になっています。とても難しい。しかしちまたでは多くの方をアルツハイマー型認知症と診断して特定の認知症薬がすぐに処方されてしまっており、認知症の方にとってとても危険な状態になっていると思います。

 

  • 認知症とは 中核症状と周辺症状

さて認知症の症状には、まず認知症の定義にもあった記憶障害、失見当、判断力障害、性格変化、実行機能障害、失語、失行、失認といった「中核症状」があり、これ以外に「周辺症状」と呼ばれるものがあります。

「周辺症状」という言葉を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。病院ではよく夜中に騒ぐ、大声を立てる、暴れる、ベッドから落ちる、いないはずの人が見えるなど、色々な症状を出す患者さんがいます。このような症状が周辺症状と呼ばれるもので、さらにこの周辺症状は「陽性症状」と「陰性症状」に分けられるのですが、それぞれの症状を色分けして理解できるようになると、その後の治療にとても役立ちます。

まず「陽性症状」についてですが、徘徊したり、暴力をふるったり、妄想やまたは幻視や幻聴などの幻覚によっておかしな言動をとったり、不眠、介護抵抗といった症状があります。したがって、陽性症状が出ると周りの人がとても困ることになり、同居している家族はどんどん疲弊していってしまいますので陽性症状をいかにコントロールできるかが、認知症治療にとってとても重要なことになります。

次に「陰性症状」についてですが、無気力、無関心で何もやる気がなく、例えばリハビリをやろうといっても拒否して寝てばかりいるということがあったり、さらには無言でうつ状態、独り言をいうなどの症状があります。この陰性症状をいかに陽性の方に持って行って改善させるか、逆に陽性症状を陰性の方に持って行って改善させるかが治療につながるのですが、実はその治療方法はしっかり存在しているのです。

したがって治療のためにはまず周辺症状を陽性症状と陰性症状に分けてちゃんと理解し、その上で患者さんの病態を把握していくことが不可欠だということがお分かりになるかと思います。

 

  • 認知症あるいは認知症様症状をきたす疾患群

さて認知症を鑑別するといっても、認知症あるいは認知症様症状をきたす疾患は非常にたくさんあります。

まず中枢神経変性疾患ではアルツハイマー病、前頭側頭葉変性症、レビー小体型認知症、パーキンソン病、進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症などがあり、これらを合わせると結構多い比率になります。

次に脳血管障害があり、血管が破れて起こる脳出血、血管が詰まって起こる脳梗塞がこれにあたります。

それ以外には正常圧水頭症や様々な感染症、ビタミン欠乏症、アルコール多飲、甲状腺機能低下症によるものなど沢山ありますが、先程の中枢神経変性疾患と脳血管障害で全体の認知症の約8~9割を占めています。

ただ認知症あるいは認知症様症状をきたす疾患の中には治るものも沢山含まれており、いわゆる治る認知症=treatable dementiaもあることを覚えておいて下さい。

 

  • 主な認知症の割合

さて次に主な認知症疾患の割合についてですが、一般的にはアルツハイマー型認知症が大体40~50%、レビー小体型認知症が20%、脳血管性認知症が15%(今これはもっと少ない割合になっていますが他の認知症を合併しているのも合わせるとこれ位)、それから前頭側頭葉変性症が5%といわれています。

ただ前頭側頭葉変性症については実は5%よりもずっと多いのではないかと思っています。というのはアルツハイマー型認知症と診断されている方の中に、実際は後でお話しします前頭側頭葉変性症の中の意味性認知症の方が多くいて、それらの人がアルツハイマー型認知症と誤診されているというケースが圧倒的に多いからです。

 

  • アルツハイマー病

認知症の中で一番多いといわれているアルツハイマー病について紹介しますと、この病気はアロイス・アルツハイマーというユダヤ人であるドイツの精神科医が、1901年に診察したアウグステ・データーという女性患者の症例を1906年に南西ドイツ精神医学会に発表し、それ以降病理学的にもアルツハイマー病という病気として認められました。

 

  • ピック病

 次にピック病についてですが、耳にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

ピック病は1892年にチェコのアーノルド・ピックという精神科医によって初めて報告された前頭葉と側頭葉が限局的に萎縮する病気です。これは脳を肉眼的に見て前頭葉と側頭葉が萎縮する病気ということで発表されました。

 

  • レビー小体型認知症

レビー小体型認知症は日本人の小阪憲司先生が見つけられた病気です。小阪先生はまだ元気に活躍されています。もともと小阪先生は金沢大学の医学部出身で、その後横浜市立大学の精神科の教授をされていました。先生がヨーロッパに留学した時に初めてこの病気を見つけて1976年に症例発表し、その後一連の研究を通じてこの病気を「びまん性レビー小体病」と名付けましたが、1995年に横浜で行われた国際ワークショップで「レビー小体型認知症」という名称が与えられました。またこれは小阪先生が見つけた病気なので「小阪病」と呼ばれた時期もありました。

これらアルツハイマー型認知症と前頭側頭葉変性症そしてレビー小体型認知症が認知症の3大疾患となります。

 

 

<認知症の診断>

 

  • 変性性三大認知症の病理組織とその分布

 アルツハイマー病というのは老人斑が脳に蓄積されて発症するのですが、老人斑が脳に蓄積し始めた時がアルツハイマー型認知症の発病、認知症症状が現れた時がアルツハイマー型認知症の発症ということができます。

老人斑が脳に蓄積し始めるのは、発症の20年前、最近では25年前といわれています。老人斑はアミロイド斑ともいわれますが、毒性があるため脳に蓄積していくと脳細胞の壊死が進行し、アルツハイマー型認知症が20~25年後に発症することになります。

次にピック病は、ピック小体があるものとないものがありますが、ピック小体があるものでは前頭葉と側頭葉に蓄積していき発症に至ります。

レビー小体型認知症では、レビー小体という封入体が蓄積していくのですが、パーキンソン病ではレビー小体が脳幹部の中脳黒質や基底核に蓄積して発症するのに対して、レビー小体型認知症では大脳皮質にもレビー小体が蓄積して発症に至ります。

ところが最近、アルツハイマー型認知症の発症に関与している老人斑が生体的に処理されたものがレビー小体になるのではないかという説が出てきています。アルツハイマー型認知症の全経過を診ていると、途中でレビー小体型認知症の症状が出てくるケースを非常に多く経験しますので、この説に合致するなと思っています。

また途中で前頭葉の症状が出てくるケースも多く経験します。前頭葉の症状が出てきた場合は、アルツハイマー型認知症の病巣が脳の前方まで広がってきたと判断できるのですが、最終的にはどの認知症疾患も寝たきりになって、上下肢の運動機能が麻痺して屈曲位になっていきます。

人は初め胎児の時はお腹の中で、体積が一番小さくなることもあり、手足を曲げて丸まっていますが、外に出るとまっすぐな姿勢になってだんだん成長していき、高齢になると今度は年をとるにつれてだんだん背中が丸くなり、最後にこのような病気に罹ると手足も曲がって身体全体が丸まり元に戻っていきます。このように人がいわば一生をかけてぐるっと一周するように変わっていくこと、これはヤコブレフのサーキュレーションといわれていますが、最終的に精神機能はもちろん全身の運動機能が失われ、手足が曲がって身体全体が丸まってしまった状態になることを失外套症候群といいます。これはアルツハイマー型認知症が進行して病巣が大脳全体に広がったために起こってくるので、当然進行の途中で前頭葉の症状が出てきても構わないということになります。

アルツハイマー型認知症はまず特に海馬や頭頂葉に障害が出やすいのですが、それが脳全体に広がっていくということです。ピック病の場合、病巣は広がらずに比較的前頭葉に限局しています。

したがってアルツハイマー型認知症は進行に伴って、レビー小体型認知症にもなりうるし、ピック病の前頭葉の症状も出ることがあるということが理解できるのではないでしょうか。このことを覚えておくと、今回初めにお話しした「認知症は変化する」ということも分かるのではないかと思います。

 

  • 認知症の治療は黎明期 始まったばかり

認知症の治療は始まったばかりだといえます。アルツハイマー型認知症とピック病は見つかってから100年位、レビー小体が見つかったのはつい30年前のことです。

ピック病は日本では少ないといわれていますが、実際は非常に多いという印象があります。またレビー小体型認知症も非常に多いです。こういった現状を私自身も相当数の認知症の方を診てきて、この数年でやっと認識してきました。

某大学の認知症外来であるとか、某自治体の認知症センターに通っていた方とその家族が怒って私の外来に来るというケースがたびたびあります。

例えばレビー小体型認知症であると診断はできているのですが、薬の処方内容が病状に合っていないため、その薬によって認知症の症状がどんどん悪化していってしまい、家族が怒ってしまう訳です。どうしてそのような薬の処方になってしまうかというと、経過に伴って疾患単位で認知症の臨床病名や病態が変わっていくということを理解されていないからだと思われます。

結局病気の最終診断は病理診断となりますが、病理診断では亡くなった方を解剖して病気を診断するので、最後に行うその診断は正しいといえます。しかしながら、患者さんの病気の経過は臨床症状で診るしかありませんので、臨床症状によって病気を診断して治療しなければなりません。その際「認知症は変化していく」「他の認知症症状がオーバーラップしていく」ということを理解しておかないと、その場その場の困った症状に対応した治療が行えないのです。

例えば過去現在未来と認知症の病態が変わっていく経過を考える場合、あるケースでは過去にアルツハイマー型認知症と診断したけれども、経過と共に病気が進行していき、途中でレビー化してしまうことが十分にありえます。先程もお話ししましたように、アルツハイマー型認知症の老人斑が食べられた残りカスがレビー小体になるのであれば、途中からレビー小体型認知症の症状が出てきてもおかしくありません。

また病巣が脳全体に広がっていけば、将来的にピック病の症状、いわゆる前頭葉の症状が出てくるかもしれないと予測できますが、そういった将来的な変化を予測しながら現時点における病気の断面を捉えることがとても大切になります。なぜなら将来的な予測を踏まえることで、懸念される症状を悪化させないという予防的な観点を初めて持つことができるからです。

認知症の治療には、このような予防的な観点を持ちつつ、その時点における臨床症状に合わせて、その場その場の断面の状況に適した対応を選択する、といったようにとても細やかな対応が求められるのです。

認知症の方の介護、看護をしていて一番困る言動というのは、いわゆる周辺症状がほとんどなのではないでしょうか。夜中に騒いだり、暴れたり、点滴を引きちぎったりすることがありますが、そういった症状に対して、過去現在未来へと病態が変化していく中での、あくまでその時点における断面の症状なんだ、と捉えて的確な治療を行えば非常に穏やかな状態に落ち着かせることができるのです。

 

  • NINCDSーADRDA基準

1984年にアメリカの国立神経障害・脳卒中研究所(NINCDS)とアルツハイマー病・関連障害協会(ADRDA)が合同で作成し、2011年4月に改訂されたアルツハイマー病の診断基準があります。しかしこのNINCDS-ADRDA基準には大きな問題点があります。

「Ⅲ AD以外の認知症を除外した後、Probable ADの診断と矛盾しない他の臨床的特徴」の中で「抑うつ、不眠、失禁、妄想、錯覚、幻覚、激しい精神運動興奮、性的異常、体重減少などの症状を伴う」とされていることです。確かにこれら症状はアルツハイマー型認知症が進行した後半の、ある断面を捉えた時には出てくることがあるでしょう。しかしここに挙げられた症状をみていくと、抑うつ、不眠、失禁、妄想、激しい精神運動興奮、性的異常、体重減少は前頭葉の症状であり、錯覚、幻覚はレビー小体型認知症の症状です。NINCDS-ADRDA基準ではこれらの症状をアルツハイマー型認知症の症状として一括りにしてしまっているので、全体の病期を考えずにある断面で見た時に、これらの症状が出ていたらすべてアルツハイマー型認知症という診断になってしまう可能性があるのです。

病期の初期にアルツハイマー型認知症と正しく診断できていれば、病気の進行とともに色々な症状が付加されても、ずっとアルツハイマー型認知症という診断で正しいといえます。ところが、先ほどもお話ししましたように錯覚、幻覚はレビー小体型認知症の症状なのですが、これらの症状が出てきた場合には全体的に薬の使い方を変えなければいけません。

レビー小体型認知症の症状が出てきた方は、薬にものすごく敏感になってしまいます。そういった方に普通の常用量を出してしまうと、ものすごく抑制がかかって寝たきりになってしまったり、ものすごくテンションが上がって暴れ出したりしてしまうことになります。そういった方々も一括りにアルツハイマー型認知症として投薬を始めて経過をみていたら、ますます介護困難になってしまうでしょう。

こういった意味でNINCDS-ADRDAのアルツハイマー病診断基準には非常に問題があるのです。

なぜアメリカでこのような診断基準ができてしまったかについて少し触れますと、アメリカでは認知症を診る神経内科医や精神科医の人数がものすごく少なくて、実は認知症医療が日本よりずっと遅れているという現状があります。例えばピック病とアルツハイマー型認知症は実際に鑑別できるのですが、アメリカでは両者は鑑別できないとされている、そういった認知症医療の世界です。ヨーロッパではそういったことはありません。アメリカの認知症医療がこのような現状なので、先ほどのNINCDS-ADRDA基準のようなものが出てきてしまうのだと思われます。

繰り返しますが、改訂されたNINCDS-ADRDA基準は非常に問題だと思っています。

 

  • 前頭側頭葉変性症(FTLD)の分類

次に前頭側頭葉変性症(FTLD)の分類についてお話しします。

先ほどから出てきている「ピック病」ですが、広義のピック病が前頭側頭型認知症(FTD)であり、FTDの中のピック型といわれるものが狭義のピック病にあたります。これは新しい概念でもあります。

ここに示した前頭側頭葉変性症(FTLD)の下位分類についてお話ししますと、前頭葉と側頭葉が変性する病気をまとめたものをFTLDとして、まずこのFTLDが前頭側頭型認知症(FTD)と意味性認知症(SD)と進行性非流暢性失語(PNFA)の3つに分けられます。

この分類は臨床診断と病理学的診断がごちゃ混ぜになっているため問題があるとされていますが、ひとまずは臨床症状を優先している傾向が強いので、これでいいでしょうということでこの分類は世界的に通用しています。

広義のピック病とされている前頭側頭型認知症(FTD)は、さらに前頭葉だけ萎縮するFLD型と狭義のピック病であるピック型と運動ニューロン疾患型の3つに分けられています。運動ニューロン疾患型とはいわゆるALS、筋萎縮性側索硬化症で認知症が出てくるものを指しています。

またさらにピック型は脱抑制型、無欲型、常同型の3つに一応分けられていますが、これらは互いにオーバーラップしています。

このような疾患概念があるのですが、先ほどもお話しした通り、実はここにある意味性認知症(SD)の方がとても多く、SDの方をアルツハイマー型認知症と間違えて診断してしまっているケースが圧倒的に多いというのが現状です。

 

  • 前頭側頭型認知症(FTD)の臨床診断

次に前頭側頭型認知症(FTD)にはどんな症状があるのかについてその臨床診断基準で確認してみたいと思います。

中核的診断特徴として、1つ目はゆっくり進行しますよということ。

2つ目は社会的行動が早期から低下するということで、反社会的行動を起こすことがあります。物を盗んでしまったり、相手に対して思いやりのない行動をとってしまうといったことです。

3つ目は自己行動の統制が早期から障害してしまうということ。

4つ目は感情が早期から鈍化してしまうということ。

5つ目は自己洞察力が早期に喪失してしまうということが挙げられています。

次に支持的診断特徴として行動障害、発話および言語、身体所見の3つに分けて障害が挙げられているのですが、まず行動障害として1.個人的衛生や身なりの障害があり、例えば自分に尿臭がしても全然構わなかったり、ずっと同じ服装をしているなどがありますので、外来の診察室に入ってきて尿臭がぷんぷんしていたり、毎回同じ服装で来るような方についてはまずFTDの症状ではないかと考えます。

2.思考の硬直化と柔軟性の欠如とは、頑固で他人の話を聞き入れないということですが、そういった方は非常にたくさんいるのではないでしょうか。

3.注意の転導性および維持困難とありますが、これは注意力をずっと維持できずにすぐ気が散ってしまうということです。

4.過食、口唇傾向と食行動の変化とありますが、これについては「甘いものが好き」というのが有名で、最近甘いものが好きになった、テーブルの上に甘いお菓子などが置いてあるとあっという間に全部食べてしまうなどのエピソードが聴取されたらFTDの症状ではないかと考えます。

5.保続と常同的行為というのは、同じことをずっとするということですが、「時刻表的行動」といわれるようなものがあります。

私が診ている高齢者の男性患者さんは1人暮らしで1日1食という生活をしています。この方は毎朝9時30分に松屋に行き、そこで決まって牛丼と冷奴とビール小瓶1本で980円の食事をしているそうです。毎日毎日同じメニューで、しかも座る席も同じということでした。こういったエピソードが聴取できたのですが、これはまさに「時刻表的行動」だといえるでしょう。

さらにこの方はいつも同じ服装をしていて尿臭がぷんぷんしている状態でした。1人暮らしをしている自宅へ先日も往診に行ってきたのですが、4畳半の部屋に半分布団が敷いてあり、半分は物が山積みになっているというすごい状態でした。おそらくダニがいっぱいいるだろうと思い、毎回替えの靴下を持っていくようにしています。

この方が生きていくためには、毎朝松屋に行くという常同行為をいわば利用しなくてはならないため、この症状を薬で消すことも可能ですが消さないようにしています。またこのケースでは、食事に関する常同行為は消さないようにしながら、お風呂には入れるような状況にするために社会的な資源を導入しています。

ちなみにこの方が来た1週間後に同じような常同行為を持ったケースが来て、そのケースで通っているのは吉野屋でした。その方も同じ時間に吉野家に行って1日1食で、やはりビールを飲んで帰ってくるというものでしたので、この場合もこの症状は消してはいけないということで対応しています。

6.道具の強制使用というのは、例えば診察をしていると患者さんが机の上に置いてあるカルテを勝手にいじり始めてしまうといったことがありますが、これにあたります。

次に発話および言語の特徴として色々挙げられていますが、この中で反響言語というものがあります。反響言語というのは、例えば病室で患者さんに「こんにちは」と言うと、同室の他のベッドにいる方が「こんにちは」と言うような場面がたびたびあると思いますが、このことを指しています。

また保続というのもありますが、これは同じ行為や言葉を次の場面に移ったときも続けてしまうという症状のことをいいます。

最後に身体所見の特徴としていくつか挙げられている中に無動、筋金剛、振戦といったものがありますが、これはパーキンソン症状のことです。FTDではパーキンソン症状が出るのです。レビー小体型認知症でもパーキンソン症状が出るのですが、FTDでも出るということを覚えておいて下さい。

 

  • 意味性認知症(SD)の臨床診断

さて次に意味性認知症(SD)についてお話しします。SDとはsemantic dementiaのことです。

SDの症状について簡単に言うと、私たちが問いかけたことを理解できないということです。

SDを検出するスクリーニング検査でFTLDテストというものがあるので、それを紹介します。

①「利き手はどちらですか?」と聞いて右か左か手を挙げてもらう。

②「右手で左肩を叩いてください」

③「『サルも木から落ちる』の意味は何ですか?」

④「ことわざで上を言いますので、続きを言ってください」「弘法も?」と言ったらすぐ言えるかどうか。

この中で2つ以上できなければ意味性認知症の可能性がありますというテストで、とても簡単に実施できると思います。

実際にテストをするよりももっと簡単に見分ける方法があるのですが、それは家族から症状を聞くことです。家族からの情報は非常に参考になります。「最近ちょっと話の意味が通じないことがありませんか」と聞くと、8割~9割の家族が「いや~最近ちょっと会話が成り立たないんですよ」と答えるのが現状です。こういった場合はSDの可能性が非常に高くなります。

またSDの臨床診断における支持的特徴にも無動、筋金剛、振戦といったパーキンソン症状が挙げられており、これも大事な点です。

 

  • (広義の)ピック病=FTDを疑うチェックリスト

いわゆる広義のピック病であるFTDを疑うチェックリストというものがあります。

このチェックリストは若年認知症で有名な宮永和夫先生が作成したもので、40代~70代で3項目以上該当したら要注意とされています。

1.状況に合わない行動とは、身勝手な行動、状況に不適切な悪ふざけということです。その意味するところは、まず子供返りということです。よくうろちょろするなど子供っぽい行動は場に合いません。もう一つはいわゆる空気が読めないということもいえるでしょう。

2.意欲減退とは、引きこもり、何もしないといったことを指します。極端な例だととにかくずっと寝ているといったことがあります。また起こそうとしても拒否して全然動こうとしないなど、患者さんの中にもよくいるのではないでしょうか。

3.無関心とは、服装や衛生状態に無関心で不潔になってしまうであるとか、周囲の出来事に無関心になるといったことです。入浴拒否といったらこの可能性が高いのではないかと思います。

4.逸脱行動とは、万引きをしたり、悪いことをしても反省しないといったことをいいます。実はこの症状は薬で治すことができます。

私が診ている70代の男性患者さんの話ですが、この方には数km先のスーパーマーケット何軒かへ行って物を盗ってきてしまうという症状がありました。何を盗ってくるのかというと、大根、ペットボトル飲料、バナナと大体決まっており、形状が長いものでした。そういったものを担いで持ってきてしまうということで家族が困ってしまい、事情を話してあらかじめ行き先のお店にお金を渡しておくといった対応をしていたのですが、それがだんだんひどくなってしまい私のところへ来ました。

その方に投薬して治療をすると、まず万引きに行くお店の範囲がだんだん狭まってきました。初めその方に「どうして盗るの?」と聞いたところ「盗りたくなっちゃう」ということでした。治療をしていって最後の方になると「盗っちゃいけないんだなぁと思うんだ」と答えるようになり、自制する気持ちが出てきたようでした。そして最終的には盗りに行かなくなりました。このように万引きの症状は治療が可能です。

5.時刻表的行動とは、先ほど牛丼屋さんへ通うケースでお話しした通りですが、この決まった行動を止められることに対しては非常に易怒性があり、本人が烈火のごとく怒ってしまうといったことがよく聞かれます。

6.食物へのこだわりとは、毎日同じものを食べる、菓子パンなら菓子パンだけ食べるといったことです。甘いものを食べる、そして際限なく食べるといったこともあります。

リスのように口の中にたくさん食物をほおばって飲み込まずにいるという方もいると思いますが、これも前頭葉の症状で、最後にはむせてしまうことも少なくありません。また早食いも前頭葉の症状になります。

7.常同行動・反響言語とは、これは先ほどお話ししたように同じ言葉を繰り返したり、他人の言葉をオウム返しにするといった症状です。これは制止をしても一時的にやめるだけということが多いです。

また「うんうんうんうん」であるとか「あーあーあーあー」とずっと言っている人もよくいるかと思います。これは滞続言語、常同言語ともいいますが、反響言語にあたります。単語でもいいし、文でもいいし、とにかく同じことを繰り返し繰り返し言うというのが前頭葉の症状です。

8.嗜好の変化というのもあり、先ほどもお話ししたように食べ物の好みが変わって、特に甘いものをたくさん食べるようになったり、味の濃いものを好むようになったりということがあります。

9.発語障害・意味障害とは、無口になったり、はさみやメガネなどを見せても言葉の意味や使い方が分からなくなるということで、いわゆる意味性認知症の症状のことです。

一方で10.記憶・見当識は比較的によく保持されて、覚えているということがあります。ただ近々のことは覚えているけれど、逆に過去のことは忘れることが多いといった特徴があり、特に意味性認知症の場合その傾向が強いようです。

以上が前頭側頭葉変性症のチェックリストとなりますが、これを訊くだけで鑑別できてしまいます。2つ以上該当すれば前頭側頭葉変性症の可能性が高くなります。

あと重要なこととしてアルツハイマー型認知症は道に迷いますが、ピック病は迷いません。これだけでも2者を鑑別できます。そのため「道に迷うの?」と聞いて「いやそんなことありません」というのであればアルツハイマー型認知症の可能性は少ないと思った方が良いでしょう。

また意味性認知症の方は話をしていると笑うことが多いです。笑いながらごまかして、話を違う方向へ逸らしていくといった傾向があります。ニコニコしながら話を逸らして違う方向へ持っていこうとするので、このことで気づくことが多いです。

さらにピック病の特徴として横柄な態度をとりやすいということがあります。極端な例だと診察室でガムを噛みながら診察を受けるという方がいます。そういった方は、高齢者の場合はピック病の可能性が高くなりますが、若い人の場合はアスペルガー症候群という発達障害の可能性があります。

また高齢者で診察を受けながら足を組みだすといったら、これもピック病の可能性が高くなります。これらは場に合わない行動であり、こういった方は前頭葉の抑制がとれてしまっていると考えて構わないと思います。

したがって私は初診がとても面白いです。患者さんが診察室に入った瞬間から、ピックらしさだとか、アルツハイマーらしさ、レビーらしさ、これらの3つを感じて診断に結びつけることができるからです。

 

  • 前頭側頭葉変性症(FTLD)の委縮部位

次に前頭側頭葉変性症における脳の萎縮部位を整理します。

前頭側頭型認知症(FTD)の萎縮部位は前頭葉が比較的多くなっています。

意味性認知症(SD)の萎縮部位は側頭葉で特に左側に多いのですが、これは右利きの方の言語中枢野はほとんどの場合、脳の左側に限局しているためです。そのためSDの場合、左側の側頭葉が異常を起こしている場合が多いということです。

 

  • 前頭葉の解剖学的症候学

次に前頭葉の解剖学的症候学について説明します。

脳の部位で前頭葉の面積が一番広いので障害されやすく、いざ障害が起こると色々な症状を起します。

前頭葉そのもの、ここは穹窿面というのですが、この部位が障害されると病識がなくなったり、自発性が低下したりします。

また前頭葉は脳の色々な部位に抑制をかけてコントロールをする働きをしているのですが、前頭葉が障害されるとそのコントロールがとれてしまいます。そのため抑制をかけていた部位が暴れ出し、部位ごとの症状が現れるということになります。

前頭葉の内側面が障害された場合は、状況依存性に寄与している後方連合野のコントロールがとれてしまい短絡的、反射的、無反省といった症状が出てきます。具体的には模倣行動、反響言語、強迫的音読や使用行動、勝手に触るといったものです。

前頭葉の眼窩面といって眼の上側にある部位が障害されると、海馬や扁桃体のある辺縁系の抑制がきかなくなり反社会的行動をとるようになります。いわゆる周辺症状の中の顕著な陽性症状を起こすようになるのですが、具体的には脱抑制、わが道を行く行動、これはgoing my wayといって何を言っても絶対に聞かないといったことが起こってきます。「何を言っても絶対に聞かない」というのはアスペルガー症候群の症状でもあります。

その他に万引き、考え無精、鼻歌、立ち去り行動といった症状が出やすくなります。

また前頭葉の眼窩面は大脳基底核も抑制しているのですが、この抑制がとれると常同的、滞続的、強迫的、反復行動といっていわゆる同じことをするようになってしまいます。

これらを覚えておくと色々な症状がどこから出ているか、大体推測がつくようになります。

 

  • Pick complex

今までお話ししてきた前頭側頭葉変性症の大きなくくりとしてKerteszが1998年にPick complexという概念を出しました。Kerteszは広義でもあり狭義でもあるピック病以外に前頭葉の症状あるいは側頭葉も合わせた症状を出す疾患群があることに気づいてこの概念を出しました。

Pick complexの中には神経内科的な領域では皮質基底核変性症あるいは進行性核上性麻痺がありますが、これらにもピック症状が合併することが多い、ということが分かってきました。

皮質基底核変性症あるいは進行性核上性麻痺の方でも前頭葉の症状を出す人がいるということです。

 

  • レビー小体型認知症(DLB)

次にレビー小体型認知症についてお話しします。

先ほどもお話しした通り、この病気は日本人の小阪先生が1976年以降の一連の研究によって発見、発表されたものです。

この病気では「レビー小体」が脳の一定の部位に出てきます。パーキンソン病では大脳基底核の線条体や黒質にレビー小体が出てきますが、大脳皮質に出てくる病気もあるということを小阪先生が見つけられました。

レビー小体の出現部位はおおまかにいうとパーキンソン病では脳幹部、レビー小体型認知症では大脳皮質になります。

 

  • レビー小体型認知症の診断基準(2005)より

ではレビー小体型認知症の診断基準(2005)を見ながら、レビー小体型認知症はどんな病気なのかを確認していきたいと思います。

必須症状の中で重要なことは、まず中核症状として初期の頃はあまりもの忘れがないということです。

また中核症状で重要なものとして、まず注意覚醒レベルの顕著な変動、意識の変容・変動、あるいは私は認知の変容・変動と呼んでいますが、意識レベルが波をうつことがあります。

意識レベルが落ちた時には認知機能も落ちることになります。意識レベルが保たれている時と落ちている時が一日の中で、もしくは一週間の中で入れかわる、意識レベルが動揺するということが、レビー小体型認知症の鑑別する上で最も重要な症状といってもいいでしょう。

患者さん自身にこの症状があるかどうかを確かめるために「頭がボーッとすることがないですか?」「眠くなることがないですか?」と訊くのですが、症状がある人は「いやーボーッとすることがあるんですよ」などと答えることが多いです。

家族に症状の有無を確かめる時には「テレビをつけて観ているふりをして、下を向いて眠っていることがないですか?」「一点を見つめたまま固まっている時がありませんか?」などと訊くのですが、そんな状態の時は意識の変容でレベルが落ちている時だといえます。診察中に白目になって頭が垂れてしまい「もしもし」と身体に触ると、ハッと起きるといったこともあります。こういった症状はレビー小体型認知症に典型的なものです。

次に繰り返す幻視があります。幻覚の1つである幻視が特に起こりやすく、大体8割くらいの方に出現するといわれています。幻視でどんなものが見えるかといいますと、ヘビや人や虫などがあります。

虫でも色んな形態で出現します。机の上にいっぱい虫が見えて、本人がそれを取ろうとしたり、振り払おうとするので、周囲の人はその動作から何か見えているんだなということが分かります。また幻視の特徴として、色がついてありありとしているものが多いということがあります。

またパーキンソン症状が出やすいということも挙げられますが、レビー小体型認知症の病期の初めから出たり、後から出てきたりと色々なパターンがあります。

これらがレビー小体型認知症の重要な中核症状であることを覚えておいてください。

ちなみに幻覚には幻聴もあり、頻度も少なくありません。先日診た患者さんでは、午前4時に必ず拡声器が鳴るといっていました。周りの家から拡声器が鳴るために「うるさい」といって110番をするのですが、これが毎朝毎朝続くため家族が参っていました。その他幻聴ではカラスの声が聞こえるというのもありました。

次に示唆的症状の中で比較的多いのはREM睡眠行動異常症です。

これについては後でもお話ししますが、寝ている間に夢を見たり、起き上がったり、大声を上げて叫んだりと色々なことをします。睡眠中のREM睡眠時にこういった症状を出すのですが、この症状はレビー小体型認知症が発症する10年前、もしくは早いと20年前から始まるといわれています。

したがって40もしくは50歳代で夢を見始め、しかも夢の内容が悪く、連続して見るであるとか、また鼾がひどくなってきた、無呼吸になった、大声を立てる、急に起き上がって寝ぼけてしまうといった症状が出てきたら要注意です。レビー小体型認知症は全認知症の中で2割を占めるので決して他人ごとではありません。そういう症状が出たら、私のところへ来てください。ちゃんと治療して治します。こういった症状はレビー小体型認知症の初期、超初期に出てきますので、その時点でちゃんとコントロールできれば病気を発症しないで済みます。

次に有名なものとして抗パーキンソン病薬も同様ですが、抗精神病薬に対する顕著な感受性が挙げられます。ちょっとした薬の量でもものすごく反応してしまうということです。

抗パ剤を使うと幻覚、妄想などの症状がひどくなってしまったり、抗精神病薬を使うと抑制がかかって動かなくなってしまい、ご飯も食べられないといったことになりかねません。

 次に支持的症状の中で繰り返す転倒と失神というのがありますが、これはとても多いです。原因不明の意識消失発作があり、そのために救急車で何度も病院へ搬送されて精査をするけれども何も異常がない、といったことが聴取されれば、まずはレビー小体型認知症を念頭に入れて検査をしたりアナムネをとります。

レビー小体型認知症はアナムネをとるだけで診断できてしまうといっても過言ではありません。

次に高度な自律神経障害として起立性低血圧や尿失禁がありますが、そのほか便秘が必発です。1週間便が出ないというのはざらにあります。

あと幻視以外の幻覚とありますが、先ほどお話しした幻聴のほか、幻味や幻臭も時々あります。口の中に甘いものがあるといった訴えが聞かれたりするのですが、そういった時はなぜか非定型抗精神病薬を使うよりもデパケン(抗てんかん薬)を使うと症状が消えるといったことを経験しています。

次に系統化された妄想ですが、これは幻視とリンクして妄想になってしまうと、例えば本人が1階に住んでいて2階に誰かいる、お化けがいる、襲われるといって毎度110番、119番をして近所の有名人になってしまうといったこともあります。

次にうつ状態になるということがあります。アルツハイマー型認知症でもそうですが、レビー小体型認知症でも初発症状がうつということが多いです。そういった方にうつ状態だからうつ病だといって治療していくとどんどん悪くなっていってしまいます。そのようなケースが結構多いのです。

先日も精神科で老人性うつと診断されて、どんどん薬を盛られていってしまい、それに伴ってどんどん動かなくなってしまったケースがありました。往診を頼まれて私がやったことは、とにかく薬を減らすことでした。しかし認知症の治療を始めた直後にその方は熱中症になって病院へ救急搬送され入院してしまいました。その方にはイクセロンパッチ4.5mgを使用していたのですが、入院中に手違いで9mgになってしまったところ、結果的には認知症が改善されて普通の人になってしまったという事例を経験しました。その方に対してはイクセロンパッチの用量をゆっくり増やしていこうと思っていたのですが、用量が一気に9mgに倍増された途端に症状が著しく改善され、普通になってしまったということです。イクセロンパッチはこのようなうつ傾向のある認知症の方には有効だといえます。

次にMIBG心筋シンチにおける取り込み低下がありますが、これはパーキンソン病やレビー小体型認知症の診断にとって非常に重要で、PSP(進行性核上性麻痺)やCBD(大脳皮質基底核変性症)との鑑別にとても役立ちます。ちなみにこれは日本人の織茂(おりも)先生が見つけられた鑑別法です。

 

  • レビー小体型認知症チェックリスト

次に小阪先生が作られたレビー小体型認知症のチェックリストがありますので紹介します。

①もの忘れがある

②頭がはっきりしている時と、そうでない時の差が激しい。よくボーッとしている時がある→これは意識の変容、認知の変容があるかをチェックしています。

③実際にはないものが見える。人や動物や虫などが多い→これは幻視があるかをチェックしています。

④妄想がみられる→物盗られ妄想や嫉妬妄想などがあるかどうかをチェックしています

⑤動作が緩慢になった→これはパーキンソニズムがあるかどうかをチェックしています

⑥筋肉がこわばる。硬くなる。表情が乏しくなった。喜怒哀楽が減った→これもパーキンソニズムがあるかどうかをチェックしています

⑦すり足、小股で歩行する→これもパーキンソニズムがあるかどうかをチェックしています。あとは身体が斜めになっているということがあれば斜め徴候といってこれもパーキンソニズムです。

⑧睡眠時に怖い夢をよく見たり、大声を立てたり、あるいは寝ぼけて起き出し、異常行動をとる→これはREM睡眠行動異常があるかどうかをチェックしています。私が診ていた患者さんでは、毎夜毎夜頭の上に包丁が置いてあるということを経験していました。本人は「なぜ包丁が置いてあるのだろう?」と悩んでいましたが、結局この方はREM睡眠行動異常症があり、自分で夜中に台所へ行き、包丁を手に持って頭の上に置くということをしていて、それが毎夜続いていたということでした。

⑨転倒や失神を繰り返す

このうち5個以上該当すれば、レビー小体型認知症の可能性があるということですが、このチェックリストを頭に叩き込んでおけば、まずレビー小体型認知症は診断できると思います。

 

  • レビー小体型認知症の多彩な症状

次にレビー小体型認知症の多彩な症状について主要なものをいくつかお話しさせていただきます。

 

1)幻覚と妄想

まず幻覚と妄想についてです。

幻覚として幻視や見間違いによるものが多く、それに伴う妄想や作話もしばしば起こります。これにリンクして警察騒ぎであるとか、消防車を呼んでしまったりということが起こります。またレビー小体型認知症の80%に幻視がみられるとされています。

どのように見えるかというと、ネズミが壁を這い回っていたり、コップに黒い小さな虫がたくさん見えたり、または死んだお父さんが隣にいたり、身体にくっついてきたりといったものもあります。

また床が濡れている、水浸しになっている、水が流れているなど水に関するものが結構多いです。

幻視は大体黄昏時から夜に多く出るので、本人は夜になると煌々と明かりを点けて眠ったりします。「何でですか?」と訊くと「夜暗くなると見えてしまうので」という方が少なくありません。また幻視はいきいきとしてリアリティがあることが多いようです。

幻視が見えているかどうかは本人に改めて確認しないと答えないということもよくあります。そのため周りの人があまり気づかないということもしばしばです。

幻視がもとで妄想に発展することも多く、物盗られ妄想などがあります。

錯視や変形視などもあり、見間違いや実際に見ているものが変形して見えるということもあるようです。いわゆるキュビズムといわれますが、変形視ではピカソの絵のように見えるとよくいわれます。

 

2)パーキンソン症状

次はパーキンソン症状についてですが、代表的なものとして安静時振戦、筋固縮、無動・動作緩慢、姿勢反射障害があります。

 

3)認知の変動・意識の変容

次に認知の変動・意識の変容についてですが、先ほどお話ししたように頭がはっきりしている時とボーッとしている時が入れかわり、この一覧にあるような症状が出てきます。

 

4)自律神経症状

自律神経障害も出やすく、この中では起立性低血圧も比較的頻度が高いですが、特に便秘が出ることが多いです。

便秘は臨床症状を悪くする大きな要因の一つです。便秘が続き、便が3~4日出なかったり、1週間出なくなると幻覚や妄想がひどくなってしまう場合があります。便が溜まってしまうといわゆる悪玉の腸内細菌が増え、これが脳内物質にかなり影響を与えてしまうからです。例えばドーパミンの働きを遮断して身体の動きが悪くなったり、幻覚がひどくなったりします。そのため私は便が2日出ないとイエローカード、3日出ないとレッドカードだといって浣腸をするなど排便のコントロールをつけるようにしています。今まで動けなかった人が便をボンボンと出すと普通に動けるようになる、といったことは日常的に経験していますので便秘には気を付けないといけません。

また失禁や頻尿もとても多いです。

手足がむくみやすいということもあります。左右差のあるむくみがあったら、レビー小体型認知症やパーキンソン病などパーキンソン症状が出るような病気を考えないといけません。

 

5)抑うつ症状

抑うつ症状はレビー小体型認知症の初発症状の1つです。

抑うつ症状はレビー小体型認知症の方の70%が有するといわれ結構多いのですが、うつ病と間違われてしまうことも多いです。

 

6)薬に対する過敏性

次に非常に重要なこととして薬に対する過敏性があります。通常の服用量でさまざまな副作用が出やすいということです。これがあるためにレビー小体型認知症の治療はとても繊細で、薬の微量調節をしなければいけません。レビー小体型認知症の治療にとってはこのことが肝(きも)だといえます。

 

7)REM睡眠行動障害(RBD)

最後にREM睡眠行動障害についてです。

REM睡眠行動障害は消すことができるのですが、薬のファーストチョイスはクロナゼパムであり、これは世界的にも認められておりグレードAとされています。では使用量はどの位かというと、クロナゼパムは1錠0.5mgなのですが、1/4の0.125mgから始めて症状が変わるかを見極めます。この量でREM睡眠行動障害が消えてしまう人もいれば消えない人もいるので、消えない人に対しては追加でロゼレム1錠8mgのところを半分の4mgで始めて、あとは抑肝散を加えたりします。抑肝散もREM睡眠行動障害に有効です。

こういった薬を使うことでREM睡眠行動障害は大分コントロールすることができます。REM睡眠行動障害をコントロールするとパーキンソニズムが改善したり、幻視・妄想が減弱したりします。

したがってREM睡眠行動障害の治療は、レビー小体型認知症の方に行う第一の治療になります。

またREM睡眠行動障害をコントロールして夜間ちゃんと寝かせてあげると家族も困らなくなります。夜な夜な大声を上げて大変だった状況がなくなり、介護がしやすくなることもあります。

 

 

<認知症の治療>

 

  • 認知症治療薬

さてここからは認知症の治療についてお話ししていきます。まずは認知症の治療薬についてです。

認知症の治療薬で一番有名なのがアリセプト(ドネペジル塩酸塩)です。アリセプトは1999年11月にエーザイから発売されました。実はその後の12年間は認知症治療にとっては暗黒の世界でした。なぜなら認知症と診断された方は皆アリセプトが処方されていたからです。

認知症の中には先程からお話しているように、実は意味性認知症やレビー小体型認知症などの症状を合併してきた方やもともとレビー小体型認知症の方が相当数含まれていましたが、そんな方たちにアリセプトを処方するとみんな症状がどんどんと悪くなってしまうのです。またみんな悪くなってしまうという状況で、症状が悪くなったのでさらにアリセプトの用量を増やすといった間違った対応もされてしまいます。

アリセプトは3mgから始めなさいと決まっていて、その次は5mg、さらには10mgも大丈夫ですよとされていますが、今度23mgのものも発売されます。しかしアリセプトを増量することで臨床症状がどんどん悪くなってしまう方たちがいるのです。

それなのに認知症治療薬がアリセプトしかない状況が12年間も続いてしまったのです。

2011年にレミニール(ガランタミン臭化水素酸塩)、メマリー(メマンチン塩酸塩)が発売され、さらにイクセロンパッチ(リバスチグミン)、リバスタッチパッチ(リバスチグミン)というパッチ類が出されました。そこから認知症に対していろんな手立てが打てることが分かってきて、治療のバリエーションが増えてきました。

これらの薬をどうやって使い分けていくかということが、認知症に対する臨床治療のいわば「事始め」ということになり、今回講演の題名を「認知症のいろは」にしたことにも繋がるのですが、これがなかなか難しいのです。

 

  • アルツハイマー病

次に治療についてそれぞれの認知症ごとに整理していきます。

まずアルツハイマー型認知症についてです。主な治療薬としてアリセプト、レミニール、イクセロンパッチ、メマリーを使いますが、メマリーは他の3種類いずれかの薬と一緒に使わなければいけないとされています。

ではアルツハイマー型認知症と正しく診断して、これらの薬を正しく投与すれば良いのかということになりますが、決してそうとは言い切れません。

初めはアルツハイマー型認知症であっても途中でレビー化してしまったら、これらの薬を増やして良いのか、使っていいのかということになるのですが、まず用量を増やしたら症状は悪化します。こういった点に配慮することがとても重要なのです。アルツハイマー型認知症が正しい診断であれば初期は薬の常用量を投与して良いのですが、レビー化ないしは前頭葉症状の合併や移行時には、これらの薬の減量や変更が必要となります。

それとともに周辺症状を優先して治療することが鉄則になります。このことを頭に叩き込んで患者さんをフォローしていかないと、実は普通にちゃんと生活できるはずの人が最後は寝たきりになって胃瘻を作り、長期病院に入院するという状況になりかねません。

先ほどもお話ししましたが、最近の知見としてアミロイド斑を掃除した残りカスがレビー小体ではないかということがいわれていますので、アルツハイマー型認知症がレビー化する可能性は十分にあるということです。

 

  • レビー小体型認知症

次にレビー小体型認知症の治療は、本当に一人ひとり全く違いますので、薬のさじ加減がとても大事になります。それぞれの人の病態に合ったテーラーメイドの治療をしなければいけないということです。

なおかつレビー小体型認知症は途中からピック化する、前頭葉の症状が合併してくることがあります。最初私もレビー小体型認知症の診断基準の中に易怒性などはないのに、途中からスイッチが入って怒りやすくなり、暴れたりして大変な状況になってしまう人がいて、これはどういうことなんだろうと悩みました。

認知症治療についてコウノメソッドというものを発信している河野先生が、おそらく日本で一番認知症患者さんを診ていて自身のブログも出していますが、LPC(Lewy-Pick Complex「レビー・ピック複合」)という概念を発表されています。LPCとはつまりレビー小体型認知症がピック化してしまう病態を指すのですが、そのように病態を捉えた方が考えやすいのではないかと提案されているのを知り、私自身「そうか」と納得することができました。つまりレビー小体型認知症も途中から前頭葉の症状がくっついてきて、ピック化してしまう可能性があるということです。その変化をいかに早く察知して治療していけるかということがやはり重要だといえます。

 

  • 薬効は「やじろべえ」

次は薬効は「やじろべえ」ということについてですが、レビー小体型認知症には薬の投与で精神症状が良くなっていくと、逆に動作などパーキンソン症状が悪化してしまうというシーソー関係があります。

例えば、筋緊張が高くて身体が固いからドパミンアゴニスト(ドパミン受容体刺激薬)のビ・シフロールという薬を1錠加えたりすると、動作が改善したとしても、精神症状が悪化して幻覚・妄想がひどくなり、ついには易怒性・暴力などの前頭葉症状まで引き出してしまうといったことがあります。これでは困ってしまうので、今度は精神症状が悪化したからといって非定型抗精神病薬のセレネースやリスパダールを投与してしまうと動作などのパーキンソン症状が一気に悪化してしまいます。そうならないためには投与する薬についてすごく微量なさじ加減をしていかないといけません。

ちなみにもしビ・シフロールという薬を使うとしたら0.125mgで1錠を1/4分割した量ですが、これでピタッと症状が良くなってしまう人もいます。したがってこの薬のさじ加減についてはセンスがないと難しいかもしれません。

 

  • 新たな疾患概念「レビー・ピック複合」LPC

次は先程少し触れましたが、新たな疾患概念としてレビー小体型認知症にピック病いわゆる前頭葉の症状が複合するLPCという概念を河野先生が2012年に自身のホームページで発表しました。

Lewy Pick Complex=LPCという疾患概念とは、病理学的にはレビー小体型認知症であることが濃厚であるけれども、臨床的にはどう見ても前頭葉の症状が出ている状態のことをいっています。LPCと言ってしまっていいね、レビー小体型認知症のピック化だね、という風に考えれば、その人の病態が理解しやすく、治療もしやすくなるという方が少なからずいらっしゃるのです。

そしてこのLPCは語義失語といういわゆる意味性認知症(SD)を合併していることが多いことが分かってきました。意味性認知症というのは、いわゆる言葉の意味が分からなくなり、話が通じないという病態ですが、動作レベルは保たれているのにも関わらず、改訂長谷川式簡易知能評価スケールなどの認知機能テストの点数が結構低くなってしまいます。これは言葉の意味が分からないため、そもそもテストで訊かれる質問が理解できなくなっているためです。

 

  • 認知症は変化していく①

アルツハイマー型認知症と診断して病理学的には正しいかもしれないけれど、臨床的には途中でピックの症状が出たり、あるいはレビー小体型認知症の症状が出たりする。

特にレビー小体型認知症の症状が出てきた場合には、薬の被刺激性が大きくなってくるので、使用する薬の用量を変える、つまり減量しないといけません。例えば精神症状が出ている時に普通の用量を投与してしまうと症状がひどくなってしまったり、過鎮静になって寝たきりになってしまったりするので、薬の用量を微調節しなければいけないということです。したがって「認知症は変化していく」ということを皆さんには是非覚えておいてもらいたいのです。

今日の話で一番私が一番伝えたいのはこの「認知症は変化していく」ということです。

初めアルツハイマー型認知症だったのがレビー小体型認知症になって、そこに前頭葉の症状が付随してきてピック化することも経過としてありうるのです。もちろんずっとアルツハイマー型認知症で経過するケースもあります。しかし何か症状が変化した場合には、変化して現れた症状がどんなものなのかを見極めないといけません。

その他のケースとしては、レビー小体型認知症がLPC化するものがあります。前頭側頭葉変性症のものはそのままでアルツハイマー型認知症が合併することはありません。意味性認知症の場合は前頭葉や側頭葉の症状が付随してきてピック化することがあります。ちなみにパーキンソン病はずっとパーキンソン病のまま経過する場合もありますし、認知症を伴うパーキンソン病になって経過する場合もありますし、パーキンソン病からレビー小体型認知症になってさらにはLPCになっていくこともあります。これだけ病態が変わっていくんだということを皆さんが理解してくれていると有難いです。

 

  • 認知症は変化していく②

認知症が変化していく時には徐々に変化していく場合が結構多いのですが、面白いことに少しインターバルを置いてから別々の病態の症状がゆっくり同時進行していくということもあります。

ただ一番困ってしまうのは認知症が急激に変化してしまう場合です。これが介護困難につながるケースが多いからです。

認知症が急激に変化してしまう場合にはどんなケースがあるか例を挙げますと、まず抗認知症薬を開始したり増量した時があります。これは間違った診断で間違った治療が開始されたケースで多く見られます。

例えばレビー小体型認知症なのにアルツハイマー型認知症と診断してしまってアリセプトの投薬を始めてしまった時や用量を3mgから5mgに増やしてしまった時です。あるいはアルツハイマー型認知症と思って治療をしていたけれどもレビー化していることに気が付かないで投薬量を増やしてしまった時などがあります。そんな時には前頭葉の症状を引き出してしまうので、易怒性や被刺激性、暴言暴力といった症状が出てきてしまいます。

認知症が急激に変化してしまうケースとして、もう一つ挙げられるのが、身体的ストレスがかかった時です。

例えば入院してしまった時なども多いのですが、引き金として熱中症だったり肺炎や尿路感染症などの感染症、頭部打撲も頻度が多いです。「頭を打ってからしばらくしておかしくなった」など、身体的ストレスがきっかけとなって色々な症状が引き出されてしまうことがあるのです。

手術などの外科的侵襲を受けた時もきっかけになります。入院したり居宅が変わったなど、生活環境が変化した時も引き金になることがあります。とにかくこのような身体的なストレスがかかった時に認知症が急激に変化することがある、ということを覚えておいて下さい。

これはとても大事なことです。特に病棟で働いている看護師さんがこのことを知っておくと、「この患者さんの症状が変化したな」ということに気づきやすくなると思います。気づいたことに医者がしっかり対応しないといけませんが・・・。

 

  • 認知症は変化していく③

まとめますと身体的変化が内的、外的に起きたり、加わった時に臨床症状の変化をいち早く察知することが大事だということです。患者さんが自宅で生活している場合、その変化に一番敏感なのは家族です。したがって家族が言っていることには聞き耳を立てておく必要がありますし、すぐに対応してあげないと、その後の対応が後手後手になってしまいます。とにかく先手必勝ですので、家族が症状の変化を言っていたらすぐ薬を調節して投与し、症状を落ち着かせるというのが私たちの仕事だといえます。

認知症は変化していくということに関連して、ここで皆さんもご存じのきんさん・ぎんさんのお話をさせていただきます。2人は確か103歳か104歳まで生きたと思います。この2人の脳の切片は病理解剖されているのですが、もし2人の生前の情報が全くなくて脳の切片だけ渡されたら「これぞ末期のアルツハイマー病だ」というものだったそうです。

2人はアルツハイマー病だったということでしたが、生前の様子はとてもアルツハイマー病には見えなかったのではないでしょうか。とてもクレバーだったし、受け答えもちゃんとしていてしっかりしていたと思います。

2人は長寿健康センターの研究対象症例になっていて、生活様式などがずっと調べられています。

病理学的にいうと2人はアルツハイマー病を「発病」していたのですが、臨床的に「発症」はしていなかったということです。病理学的にはアルツハイマー病のしかも末期であったのに発症していなかったのです。なぜ発症しなかったのか?ということになりますが、皆さんなぜだと思いますか?

最近きんさん・ぎんさんの娘さんたちがよくテレビに出ていますので、観たことがある方もいらっしゃると思います。娘さんたちの言動はきんさん・ぎんさんにそっくりだと思いませんでしたか?よく動き、よく歩いていたと思います。確か自宅のそばに100段以上の階段がある神社があって、そこをみんなで上り下りしていたと思います。そのことでまず日常的に足腰が鍛えられます。またとにかく明るかったと思います。いろいろな情報をキャッチしていることも分かります。娘さんたちの会話には時事放談がふんだんに含まれていて、鋭い意見もあったと思います。それから日常的に刺激が多くあるということもいえます。よく笑ってよく話していました。

また第一は食生活なのではないかといわれています。きんさん・ぎんさんの食生活も調べられているのですが、それは典型的な日本食だったそうです。お魚を食べて、野菜を摂って、穀物を食べているのですが、もう2つ摂っているものがありました。

まずお肉をたくさん食べていました。最近高齢者の栄養失調が話題になっていますが、お肉を食べないことが大きな要因になっているようです。お肉を食べない方のアルブミンをみると、確かにボーダーラインの方が多いようです。私の外来に通ってきている70代の女性の方がいるのですが、診察室に入ってくる姿がヨボヨボで、来るたびに弱っていく印象を持っていました。これはおかしいなと思って、どんな食事をしているのかを訊いてみたところ、本人はお肉を食べないようにしているということでした。「それではダメですよ」と忠告した数か月後、診察室に入ってくる姿はしゃんとして元気になっており、本人も力が出てきたと言っていました。やはりお肉を食べるということが、高齢者にとっては重要なのでしょう。

もう一つは適度なお酒です。きんさん・ぎんさんは焼酎が好きで、適量を飲んでいました。適度なアルコールは良いのだと思います。

きんさん・ぎんさんの例からも、どうやら認知症の病気を発病はしていても、どうやら発症させない方策があるんだということが分かります。その方策には環境要因や本人の心がけが大事になりますが、結局は生活習慣病のようにいかに予防していくかということになります。

認知症は生活習慣病なのです。そのため発症を防ぐことが可能なのです。

 

  • 「変化していく」を前提に治療を

さらにいえば、認知症が発症していたとしても、認知症は変化していくんだということを前提にして、例えば初めはアルツハイマー型認知症であったとしても途中で変わることがありうるんだ、ということを私たちが念頭に置いて、その場面場面に応じて治療を加えていけば、その方は穏やかな状態で過ごすことができるのです。

特にレビー小体型認知症の病態が加わった時には、投薬を変更、減量するセンスがないといけません。なおかつ将来的にピック化する可能性もあるので、そのこともいつも念頭に置いて治療していくことも必要です。

ちなみにレビー小体型認知症が変わっていきていないか確かめるために、私の外来では必ず「最近夢を見ませんか?」と訊いています。患者さんが「最近夢を見るようになった」といったら危険信号です。その場合は先手を打って夢を見ないように薬を投与します。

 

  • 治療戦略

認知症の治療戦略としては、まず介護者が困る周辺症状をターゲットにして治療していかないといけません。また周辺症状については陽性症状か陰性症状かを見極めて薬を調整することが大事です。中核症状に対してはむやみに薬を増量してはいけません。

 

  • 認知症発症の前段階:MCIの症状

皆さんはMCIという言葉を聞いたことがありますか?MCIとは認知症を発症する前段階の状態のことをいいます。実はMCIの方の6割が認知症に移行するといわれています。そのためいかにMCIの段階で診断して、治療を開始できるが大事になります。

アルツハイマー型認知症の場合、MCIの症状はもの忘れが主体です。

レビー小体型認知症の場合、発症の10数年前からレム睡眠行動障害(RBD)が出てきて、夢見、いびき、夢遊病的行動などが見られることがあります。もしレム睡眠行動障害が出てきた場合は、それを治療すればレビー小体型認知症を発症しないで済むかもしれません。あるいはボーっとする、例えば新聞を読んでいても内容がすぐ頭に入ってこないなどと言うような方がいたら、レビー小体型認知症の症状である意識や認知機能の変容が起きている可能性が高いでしょう。この症状も治療できます。あとはごく軽いパーキンソニズムが出ることもあります。パーキンソニズムについては神経内科医でないとなかなか見い出すことができないと思いますが、階段の上り下りで「最近階段を下りるのが怖くなった」であるとか、「歩いている時に何となくフワフワする感じがするんです」といったことが聞かれるようになったら、その方には診察を勧めた方が良いと思います。

次に前頭側頭葉変性症の場合についてですが、先日私の外来で意味性認知症のMCIの方を見つけました。診察時の会話中に笑ってごまかす場面があったり、「最近何か相手の言っている意味がよく分からない」と話されたことが気づくきっかけになりました。ピック病の場合は、性格が変わった、怒るようになった、キレやすいなどのほか、同じものを買ったり食べたりするようになった、というようなエピソードがあればピック病のMCIである可能性が高くなります。

MCIの段階で治療すれば、認知症の発症という次の段階へ移行するのを防げる可能性が高くなりますので覚えておいてください。

 

  • 認知症薬チャレンジテスト

これは私が考えたMCIを見極めるためのアリセプトチャレンジテストのフローチャートです。

アリセプトをごく少量投与して変わらなければ、認知症でない可能性が高くなります。

アリセプトをごく少量投与して、良い感じがして頭がすっきりして、新聞の内容が頭に入りやすくなった、などといったことがあればレビー小体型認知症である可能性が高くなります。

アリセプトをごく少量投与したら、疎通性が良くなって、もの忘れが改善したというのであれば、アルツハイマー型認知症である可能性が高くなり、さらにウィンタミンチャレンジテストでウィンタミンを1~2mg投与してさらに症状が改善したら意味性認知症である可能性が高くなります。

アリセプトをごく少量投与して、良くない感じがするのであれば前頭側頭葉変性症である可能性が高く、さらにウィンタミンチャレンジテストで症状が改善したら前頭側頭葉変性症である可能性がもっと高まります。

こういったMCIを見極めるチャレンジテストが十分成り立つのではないかと思っています。

 

  • 周辺症状のコントロールにおけるKey word

いわゆる周辺症状のコントロールにおけるキーワードの一つが「薬剤過敏性」です。これはレビー小体型認知症や他の認知症がレビー化した場合に当てはまります。

もう一つのキーワードが「周辺症状」です。

これは特に介護負担の大きい前頭葉症状について陽性症状と陰性症状を見極めてしっかり改善させる術(すべ)を持ちましょうということです。

 

  • 認知症治療のコンセプト

認知症治療のコンセプトとして、まずは周辺症状のコントロールを優先して、介護者が困らない状態にしてあげることが重要です。もの忘れなどの中核症状の治療については後回しにしても良いのではないかということです。

そしてその時点、場面、断面ごとに見て認知症を捉え、過去・現在・未来と変化するものとして捉えていく能力が重要だということです。

 

  • 認知症 処方例

これは認知症の主要な症状に対する処方例になります。

例えば妄想に対しては第1選択がグラマリール、第2選択がセロクエル、第3選択がリスパダールであるというように見ます。また幻聴に対しては第1選択がリスパダール、第2選択がセロクエル、第3選択がジプレキサになります。これを考えたのは若年性認知症の大家である宮永和夫先生で「ビギナーの安心・実践 ステップ式認知症処方」という本から引用させていただきました。

私自身も認知症の症状に対するこのような処方例、レシピというものを持っています。それは頭の中にあるのですが、例えばレビー小体型認知症の方に対してリスパダールを使う場合、どの位の量から始めるかというと0.1mgです。セロクエルだと2.5~5mgから始めます。ジプレキサは(2.5mgの)1/4から始めます。したがってレビー小体型認知症の方に対しては、すべての方に対して常用量の大体1/10から1/5の量で調節をしていきます。調節をしないのは抑肝散です。抑肝散については常用量を投与しても大丈夫です。

宮永先生の処方例で参考になるのは血管拡張薬の1つであるユベラを使っていることです。

あと性的逸脱行為、いわゆる服を脱いで裸になってしまうような症状に対してはピレチア(抗ヒス)が効きます。また万引きを行う方に対して、先日効いたのがルーランです。

易怒性に対してはグラマリールが一番効くようです。周徊・固執に対してはグラマリールかリスパダールが良いようです。

興奮・焦燥・黄昏症候群に対してはリスパダール、セロクエルも使えますが、デパケンもOKです。これらは15時に投与するのが良いです。例えば14時と15時にリスパダール0.1mgを内服してもらうなどです。デパケンはデパケンRではなくてデパケン50mgを内服してもらったりします。先日はデパケンを10 mg、20 mg、30 mgと増やしていってコントロールできたケースがありました。

REM睡眠行動障害に対してはリボトリールがファーストチョイスになりますが、ロゼレムと抑肝散も効果があり、睡眠薬も組み合わせて使えば症状をほぼ100%コントロールできます。

遂行機能障害は、いわゆる最近リモコンが使えなくなったなど、物事を実行する遂行能力が落ちた状態になることですが、そんな時は糖尿病がなければエビルファイを少量投与することで症状を改善できます。またリスパダールもOKです。

症状に合わせてこれらの効果のある薬を上手く組み合わせることで対応していきます。

 

 

おわりに

  • 「認知症がなおる」という意味は

「認知症がなおる」という意味は、介護者が最も困る周辺症状を主体に治療をして、在宅で長く穏やかに生活してもらうようにすることだといえます。

そのためにはまず周辺症状をいかにうまくコントロールできるかということが大事になります。周辺症状をうまくコントロールできると、結果的に中核症状の進行を抑えられるだけでなく、改善することもあるのです。

またきんさん・ぎんさんの話でも触れましたが、認知症の病気を「発病」していてもいかに「発症」させないかが大事であり、もし発症して周辺症状が出てきたらしっかり治療をする、そうすることで質の高い生活をできるだけ長く送ることができるということです。そして本人だけでなく家族も穏やかな生活が送れるようになる可能性が十分にあるのです。

 

  • 認知症ケアのポイント

最後になりますが、認知症の方の介護で一番重要なこと、キーワードは「穏やか」です。この「穏やかさ」を作るために、認知症ケアのポイントとして3つのAが挙げられます。

まず本人はもちろん家族や介護者など周りにいる方が「安全」かどうか。次に本人はもちろん家族や介護者など周りにいる方が「安心」しているかどうか。そして最後に「愛情」があるかどうかです。この3つがないと在宅生活は継続できません。

以上で私のお話を終わります。

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